ラブドール自体の存在は認識しているもののウェブなどで調べてみると、何やら度ストレートに活用している人は少ないように感じます。良くあるのがブログですが、写真をアップしていたり、思い思いで楽しんでいる様子が伺えます。その他はラブドールを所有している人は数体のラブドールを既に購入済みのようで、違いを考察していたりと様々な状況です。良くあるケースとしては、ラブドールに好きな服を着せて格好を変えて楽しんでいるものです。とはいえ、コスプレさせたりアニメのキャラに扮したりするようなことをしているレベルでは結局は性処理の対象としての夜のお供でしかないような気がしないでもありません。布団に寝かせて添い寝していたりする写真も多いですが、見ていて決まって思うことは、ラブドールのクオリティーが低く感じられることです。おそらくですが、ラブドール自体にはそれほど不備はなく様々な動きをさせたりポーズを取らせることが出来るはずですが、愛好家達のアップしている写真を見た限りではお世辞にも良い写真には見えません。この理由は非常に簡単です。そこに全てのことを実現可能な人形があるにも関わらず、再現することに対しての利用者の知識が圧倒的に足りていないからなのです。通常の日所生活で接する女性達を直視して女性の良さを理解する事もできないでしょうし、服などのセンスもある訳がありません。ですので、いつまでたってもワザとらしい非日常な雰囲気しか出ず、中途半端な情景しか生み出せないのです。それもそのはず、利用者の多くはアニメなどの世界に依存している傾向が強く、その範疇でしか物事を判断できません。そうなると、表現にも限界が出てしまうのです。通販などで物を取り寄せることが容易にできる時代になってはいるものの何を選択するかを間違えてしまえば何も上手くはいきません。これは現実的に存在している女性でも同じです。だからこそ多くの人々は人を観察し真似てセンスを磨くわけです。それをせずに…とはさすがに言えません。だって利用者は女性ではなく男性なわけですからね。そんなラブドールライフをサポートしてくれるような理解がある女性が近くにいるわけもないですから、当然といえば当然です。なので、思い思いの写真をアップする男性愛好家達の間では、他のラブドール所有者よりもウチの子の様が良いという感覚が強くなっていくのでしょう。主張したくなるくらいのレベルでしか、その世界が展開していないということでもあるのかもしれません。とはいえ、商品として売られている時点で少しでもおかしな部分や違和感を抱くような人形を選ばなければ良いわけですが、それを判断出来るだけの頭の無ければならないでしょう。そもそも自分自身に対しての美的意識もしっかりとした価値観がなければ、ラブドール自体も素敵なものにはならないのかもしれません。